猫の腹腔内精巣。
「腹腔内精巣」という言葉、一般的にはあまり知られていないのではないでしょうか。
私は今回、初めて知りました。
愛猫Lの去勢手術について獣医さんと相談した時に発覚し、自分でも調べて知ったという流れです。
かかりつけの獣医さんは、「存在は知っていたけれど診るのは初めて」と言っていました。
自分で調べた際、色々な獣医さんのHPがヒットし沢山の症例が載っていましたが、飼い主さんの経験談には全くヒットしなかったんです。
そこで、ここに書き留めておこうと思いました。
基本的な説明から入るので、既知の方はスルーしてください。
私は知らなかった…。
犬猫共に、生まれた時には未熟な精巣はお腹の中にあります。
成長するにつれて精巣も発達し、陰嚢(タマタマ)に下りてきます。
精子は熱に弱い為、体外に出して放熱するのです。
Lが生後6ヶ月になってすぐ、獣医さんに去勢手術について相談しました。
「タマタマ、下りてきてますか?」と聞かれたのですが意味が分からず、そこで初めて説明を受けました。
雄猫の去勢手術は雌猫に比べて傷口が小さく、痛みも軽いと友人に聞いていました。
それは、タマタマが下りてきていれば開腹せずに済むからです。
しかし、Lは全くその気配無し。
長毛種で見えないのかななどと呑気に考えていましたが、獣医さんが触診した結果、下りてきてない事が分かりました。
そこから半月程様子見をしましたが全く下りてくる気配がなく、超音波で確認したところ腹腔内に精巣らしきものが確認出来ました。
「生後6ヶ月過ぎても完全に腹腔内にあるとなると、下りてくる可能性は低いですね」と獣医さん。
下りてこないなら発情もしないのでは?
それなら去勢手術も不要では?
そう思いそのまま疑問をぶつけたのですが、「確実な事は言えず、腹腔内にあってもホルモンの影響を受けて発情期がくる可能性はあります」とのこと。
そして何より獣医さんに心配されたのが、「腹腔内精巣が悪性腫瘍化すること」でした。
腹腔内に精巣が残ったままだと、8歳以降に8〜9割の確率で悪性腫瘍化するそうです。
もちろん、今すぐ摘出しなくても大丈夫とも言われましたが、夫と私はすぐに摘出する事を決めました。
若い内の手術の方が回復が早いだろうと思ったのと、元々去勢手術を想定していたので私の覚悟が決まっていた為です。
開腹手術となるけれど、愛猫DもAも開腹での避妊手術を受けていた為、私としてはそこに不安はありませんでした。
いざ去勢手術当日、更に異例な事が待っていました。
精巣が右しか見つからなかったのです。
獣医さんは精巣が下りる経路を触診及び切開にて確認してくれたのですが、見つからず。
一旦お腹を閉じ、その後について相談する事になりました。
左の精巣がどこにあるのか確認するには、CT撮影しかありません。
しかし、猫のCT撮影は全身麻酔が必須です。
去勢手術でも全身麻酔をかけたので、立て続けに行うのは命の危険も視野に入れなくてはいけず、怖くてとてもや踏み切る事は出来ませんでした。
獣医さんと相談の上、1歳になるまでに検査しましょうという事でまずは終了となりました。
その後、全身麻酔の事がとにかく不安である為、CT撮影後そのまま手術に移行する事は出来ないか(もちろん、見つからなかったら中止)と獣医さんに相談したところ可能であるとの回答を受け、1歳になる直前頃に検査及び摘出手術を受けました。
これ、大きな動物病院だったから可能なんですよね…本当に良かった…。
小さな動物病院だとCT撮影は外部に委託する事になるので、同日に手術は無理なのです。
2回目の手術が3月だったので、Lは今は完全回復して元気元気、元気が有り余り過ぎて暴れまくってます。
余談ですが、昨年急死したAはこの獣医さんのおかげで危篤状態から回復し、1年半元気に過ごしました。
Aはこの獣医さんの前に小さな動物病院で2回診てもらっており、どちらも単なる貧血という事で終わってしまいました。
今の獣医さんに出会えなかったらどうなっていたか…恐ろしいです。
小さな動物病院が悪いという訳ではないのですが、病院の選択はしっかりしなくてはと改めて思ったのを覚えています。
蒲田にいる頃は長く診てもらっていたかかりつけがあったのですが、数年前に今の所に引っ越した為いちから獣医さんを探さねばならなかったのです。
大抵獣医さんは猫に嫌われるものですが(実際、AもDも大嫌いでした)、Lはかかりつけの獣医さんが大好き!
移動と待合室は大嫌いだけど、獣医さんの声を聞くだけでそちらに行こうとする位大好きでビックリです。
これからも獣医さんを好きでいてね…!

愛猫の急逝。
昨年は1回も記事を書かなかった。
昨年前半の事は覚えてない。
パート先の対応に苛ついたりしていたかな。
まぁでも、タイトルの事に比べればそんなの小さな事だ。
我が家には愛猫DとAがいた。
タイトルの猫はAだ。まだ8歳だった。
昨年6月に急逝した。
本当にあっという間の出来事だった。
急逝前の1年半程は、闘病していたし薬も服薬していたけれど、一時期の危篤状態からは程遠い所にいてとても元気だった。
病気は恐らく、「骨髄異形成」というものだ。
恐らくと書いたのは、生検やCT撮影等が出来なかった為に明確ではないから。
でも、Aの体内では自己免疫により血小板がどんどん壊れて血が止まらない状態になっていた。
本来は輸血をするのが一番の治療だった。
でも、Aの血液型はB型で、非常に少ない血液型でドナーがいなかった。
DはA型で輸血出来なかった。
それでもステロイドが効いてくれて何とか回復し、1年半程は健やかに過ごしていた。
…が、ステロイドは長期服薬には向かない薬であり、効果もあまり出なくなってきていた。
副作用で太り、糖尿病が発症するかもしれないというギリギリのラインで、ステロイドの継続服薬も厳しくなってきていた。
そこで薬を変える事になったのだ。
変えてすぐ、3日後には体調が悪くなった。
すぐに獣医さんに連れて行って入院し、その3日後に輸血してくれるドナー猫ちゃんが見つかった。
「今から準備をして輸血します」
獣医さんから早朝に連絡を貰い承諾したその2時間後、また獣医さんから連絡が。
「呼吸が止まり心臓が弱まっています」
「危ういので来てもらえますか?」
直ぐに家を出た。20分程で獣医さんに着いたと思う。
もう、意識がなかった。
心臓は一度止まって、注射を打って再度心臓を動かしたけれど、私達の目の前でAは目を見開き動かなくなった。
その後は…辛くてまだ思い出したくないから、また書ける様になったら書こう。
Aのいない日々に私は耐えられなかった。
本当に、無理だった。
だから、愛猫Lを迎えた。Aの急逝からあまり経たない内に。
Aがいなくなってポッカリ空いた穴にLをスポッと嵌めて、今は母が呆れる程に溺愛している。
Aの事も溺愛していて友人にペットロスの時を心配される程だったけれど、多分その溺愛ぶりを上回る。
でも良いんだ。
私はDとLに自分の全てを捧げるよ。

オモチャを咥えるL。
生後10ヶ月にして体重約6キロ。

Aが寝ていた爪研ぎ兼猫ベッドでスヤスヤ眠るL。
我が家に来た時のL。
ちっさいのぅ。

Aの急逝後、Dに腫瘍が見つかり服薬治療を始めたのだが、幸い薬が効いて体調もほぼ回復した。

舌ピロリのDが可愛くて狂った様に写真を撮った中の1枚。
Dはカメラ大嫌い子である。
私は、猫の為に生きる。
記憶が消えていく。
私は今、夫と猫2匹と暮らしていて、ありがたい事に私自身は自分の小遣いをパートで稼ぐ程度の労働で日々を送る事が出来ています。
常々ここに書いている事ですが、私は虚弱なのでフルタイム勤務がキツイのです。
家事の一切を私が担い、家にまつわるイベント等の予定は全て私が把握しています。
夫は私に丸投げで、私はそれで良いと思っています。
猫の事も私が全て把握していて、夫はどちらの猫がどのフードを好きなのかも知りません。
(なのに、何で2匹共にめちゃくちゃ好かれてるんだ!!羨ましい!!)
こんな生活をしているので、毎日漠然と生きていてストレスは非常に減りました。
元々色々な欲が弱いので、節約も全く苦にならず散財もほぼしませんし生活費で困る事もありません(先に書いた様に節約はしてます)。
ストレスが少ない生活、とても理想的です。
ただ、本当にそれで良いのか?とも最近思います。
私は昔から、かなり記憶力は良い方でした。
人の顔と名前を覚えるのも得意でしたし、理論が理解出来れば暗記も早い(丸暗記は超絶苦手)。
もちろん、昔の思い出もよく覚えている、はず、でしたが…忘れていく。
良い記憶も嫌な記憶もどんどん忘れていきます。
特にここ数年、すごい勢いで忘れていってます。
脳腫瘍のせい?と思いましたが、医師によれば私の腫瘍は、脳の記憶部分には触っていないとのこと。
だとしたら、ストレスが少ないせいで脳が劣化しているのでは?
Twitterを見ていると、「過去の嫌な記憶がフラッシュバックした時のライフハック」とかがめちゃくちゃ流れてくるんですが、そういう事が一切無い。
嫌な事柄を覚えてはいます。
あの時こういう事があったという、それは覚えてるんですが、その当時の感情が消えている。
誰かに話す時に「こういう嫌な事があって!!」って話すんですが、「嫌な事があったな」と思いながら話してるだけでその時の感情は忘れているということに最近気付き、驚愕しました。
ただ単に嫌な記憶を「自分なりに処理」しているだけなら良いのですが、アルツハイマーとかだったら嫌だなぁと少し不安を覚えています。
(現時点ではそういう点では脳に問題なし。)
父の誕生日祝い。
私の父は今月が誕生日なので、毎年父の日と合わせて贈り物をしています。
因みに母も母の日と合わせてプレゼントを贈っている。
で、コロナの影響や父の体調や両親の仲などの理由で昨年まで何年か何も贈ってなかったのと、私の脳腫瘍が見つかってなんかちょっと親の顔見ておこうって思ったため、今年は父と2人で夕飯を食べに行きました。
もちろん私がご馳走する。
母は父と外食したくない為、私が1人で対応。
夫も留守番。
新宿に鳥茂という焼鳥の人気店がありまして、開店すぐの夕方5時はガラガラだったのに、夕方6時過ぎから急激に混んできまして、もうね、うるさくて父の声が聞こえない、カウンターで横並びなのに。
お酒を頼んでも出てこない。
料理はコースで頼んでたのでスムーズに出てきました。
不満はありますが、私が一番感じたのは「活気が戻ってきた」こと。
コロナ禍で人々が外出を控えていた頃、人っこ一人いない東京駅で泣きそうになり、ガラガラの新宿駅で先行きを憂ました。
でも、人がまた出掛ける様になった。
うるさくて早々にお店を後にしましたが、良かったなぁって改めて思いました。
人混みは嫌いだけど、混んでいる街はやはり混んでいて欲しい。
良かったなぁ。
因みに鳥茂のお会計は2人で4万円程。
お酒出てこないのに…とか思っちゃったけど、料理が美味しいので仕方ないな!
たまにはこんなお金の使い方も良しです。
徒然日記。
5月のGW明けにカテーテル検査の為に一泊入院したんですね。
脳腫瘍に関して詳しく調べる為に。
で、その事を記事にしようしようって思いながらせずに今に至るんですよ。
無理だね、もう。
諦めました。
とりあえずね、退院後めちゃくちゃ内出血が広がった事だけは書いておきます。
右側の鼠蹊部の動脈から入れたんです。
で、右側の膝上(太もも)から下腹辺りまで内出血広がりました。
多分、退院後に体内で動脈が切れましたね。
もちろん今は綺麗に治ってます。
ネタ的な感じで母に見せたら、心配性の母は眠れないほど心配して調べまくってでも分からなくて、最終的に病院に電話して平気か否か確認しました。
脳腫瘍、医師は最初は良性だけど手術しなきゃって温度感だったんですが、カテーテル検査後は経過観察となりました。
すっごい難しくて大変な手術なので10時間以上かかりますって言われて、手術しない事になって安堵した私がいます。
腫瘍がなくなった訳じゃないのにねぇ。
それにしても毎日しんどくて、何なんだコレは…(涙)。
脳に良性の腫瘍発見。
だいぶ久しぶりのブログですわ。
書きたい気持ちはあるんですけど、常に疲れててブログに向き合えません。
ゲームは出来るし映画も観れる。
でもブログは書けない。
私にとって、意外にブログは簡単ではないんだなぁと実感してます。
それはさておき、今月に入って脳に良性の腫瘍が見つかりました。
現時点では「舌下神経鞘腫」というものではないかと言われています。
神経から発生し、大きくなると脳に食い込む。
私の場合は既に少し脳に食い込んでます。
GW明けに一泊二日でカテーテル検査を行うので、それでより明確な診断がおりると思います。
が、良性と言えど年齢的に摘出手術は必須で、且つ神経から発生してるためモニターを見ながらの非常に難しい手術になるとも言われています。
現実味がない。
私は現在「子宮筋腫」「高血圧」「不眠症」で3つの診察科にかかっており、どこの医師にも必ず聞かれる事があります。
それは、「何故分かったのか」ということ。
誰かの参考になるかもしれないので、それを書いておきますね。
発端は子宮筋腫です。
2021年12月にベッドに横になってお腹の上に手を乗せたら、下腹部に固いものを感じました。
婦人科にかかったら大きい子宮筋腫があるとのこと。
私はその時引っ越しを控えていた為、引越し先で新たに病院にかかり(もちろん紹介状有)、子宮ごと全て摘出する事を決めました。
2023年1月、子宮摘出手術の為に入院しましたが、酷い体調不良を起こして手術は中止。
その時の血圧は200を超えていました。
そこで、同じ病院の総合内科にかかって高血圧治療を開始しました。
2023年年末から「ひ」や「し」など「い段」の喋りにくさを感じたものの、あまり深く考えずスルー。とは言え、実は頭には脳の何かかもという思いはありました。祖母が脳梗塞で倒れた時、呂律が回ってなかった事を知っているからです。
2024年に入り、夜中に咳が止まらず起きる事が連続し(現在も続いている)、それと同時にやはり舌の呂律が回りにくい事を明確に実感するも様子見。
2024年3月、呂律が回りにくい不安と夜中の酷い咳をどうにかしたくて、かかりつけの総合内科で相談。じゃあ脳のMRIを撮ってみましょう、不安は潰しておいた方が良いですもんね、という感じで医師も深刻な感じは無し。
その数日後に深刻な様子で腫瘍がある事を告げられ、脳神経外科へ回される。
2024年4月に造影剤を入れてMRI撮影した結果、良性と判断。しかし摘出は恐らく必要で、かかっていた病院では設備がないため別の大学病院を紹介される。
数日後に紹介された大学病院を受診。
カテーテル検査を受ける事と、摘出手術は必須である事を説明される。
という感じです。
相変わらず現実味がありません。
進行の早さもまだ分からないため、いつ手術かは決まっていません。
でもやっぱりなんか怖いなぁ…。
どうやら喉のイガイガや夜中の咳も、この腫瘍のせいみたいです。
声枯れもそうだとか。
放置すると嚥下困難になり、喉を切開する必要が出てくるとのこと。
こえぇ…。
母が一番不安を感じて弱ってますね。
母はいつもそうなので、出来るだけ元気に振る舞いたいと思っています。
母は、私や兄に何かあると、本人よりずっと落ち込んでしまうのです。
変わってあげたいと言う母に、私は「私はまだ(お母さんに比べて)若くて体力があるから大丈夫よ」と言い続けています。
77歳の母はここ最近めっきり老け込んでしまって…心労で死んでしまったら困るのです。
絶対に父より長生きしてもらわねば。
話がズレたな。
先々どうなるのか全く分かりませんが、とにかく書いておこうと思いました。
明けましておめでとうございます。
明けましておめでとうございます。
2024年、令和6年…まだ令和に慣れないわぁ。
本年もよろしくお願いします。
昨年はいつもに増してあっという間に過ぎていってしまいました。
その理由は主に飼い猫のため。
12月に入って体調を崩し、一時は命の危険すらある状態に。
10日間の入院を経て何とか回復したのですが、薬の副作用か入院のストレスか、はたまた冬の寒さのせいなのか体調が安定せず、獣医さん通いが続いた訳なのです。
で、大晦日の昨日も朝から半日以上獣医さんにいて(予約が取れず空き時間を待った)、帰ってから年末の買い出しに行ったもののもう疲労困憊。
11月から新しくバイトを始めたんですね。
で、やっと慣れてきたかなぁというタイミングだったので何とかやれましたし、バイトという立場である事に本当に感謝しました。
これ、フルタイムだったら無理だわ絶対。
ルイ(夫)はルイで猫の事で結構メンタルにきてしまい一時期は家の中がしんどい空気でしたが、もう1匹の猫がめっちゃ伸び伸びと過ごしてたのが救いでしたね。
家族全員で無事お正月を迎えられて本当に良かった。
今日はお節を食べてのんびりしたい!
elveさんが提案してくれたお題「ライフハック」とかその他にも「買って良かったもの」とか色々書きたい気持ちはあるのですが、全く無理ですね。
とにかく、今年こそは平穏無事な生活が続きます様に…!